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GrabFuture

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桜谷慎一 Shinichi Sakuraya

構造に内在する潜在力を見出し、対立をブレイクスルーに変える。

技術、空間、経営を横断して、価値が生まれる構造を探究する。

ソニーでのハイビジョン用ブラウン管の開発。インターネット黎明期のSonyDriveと三次元の仮想空間。起業したアルシードで取り組んだ、美術館、都市、アート、建築とネットワークの接続。そして、ミスミでの事業経営と、Goldratt Consultingでの企業変革、さらに地域の課題を事業へ変えるプログラムへ。

桜谷慎一の仕事は、ひとつの専門分野には収まりません。設計の対象は、電子デバイスから情報空間へ、情報空間と現実の場所の往復へ、さらに事業と組織、独立した主体が関わる地域、制度や公共財を含む社会の仕組みへと広がってきました。

その歩みを結ぶのは、個々の要素だけでなく、要素同士の関係と全体の働きを捉えようとする探究の姿勢です。

性能と物理的な制約。仮想空間と現実の体験。部門ごとの合理性と事業全体の成果。共通の目標と、異なる問題認識。ここでいう「対立」は、人間同士の衝突に限らず、こうした緊張関係を指します。桜谷は、そのどちらかを切り捨てるのではなく、構造と接続を捉え直すことで、新しい可能性を引き出してきました。

優れた技術があっても、それだけで体験は生まれない。情報がそろっていても、つながり方によっては意味が届かない。能力のある人が集まっていても、組織の構造によっては成果に結びつかない。

何があるかだけでなく、どう結ばれているか。どこで可能性が閉ざされ、何を変えれば全体が動き出すのか。

現在は合同会社GrabFutureを経営し、こうした問いを「繁栄の物理学(The Physics of Prosperity)」と「メタ・キーストーン理論(Theory of Meta Keystone)」へと展開しています。技術をつくる経験、空間を構成する経験、事業を動かす経験を往復しながら、組織とビジネスエコシステムの価値創出を探究しています。

物理現象から、目に見える価値をつくる

ソニー――ハイビジョン用ブラウン管の開発

出発点は、ソニーでの世界初の36型民生用ハイビジョンブラウン管の開発でした。

映像という身近な体験の背後には、電子の放出と制御、磁界、材料、形状、真空圧など、多くの条件が関わっていました。画面に像を結ぶためには、それらを個別に成立させるだけでなく、一つの装置として機能させなければなりません。

高い表示性能を追求する開発は、設計と現象を突き合わせる仕事でもあります。計算上の構想が、実際の装置ではどのように振る舞うのか。ある部分の改善が、別の部分にどのような影響を及ぼすのか。物理的な条件の中で、どこに新しい設計の余地があるのか。設計の集大成は、それが利用者の求める価値を提供できるかどうかでした。

桜谷はエンジニアとして、見えない現象を扱いながら、目に見える価値へと結びつける技術開発に携わりました。その過程で、桜谷を発明者に含む特許出願もしています(特開平6-124661、特開平6-131988、特開平7-065745、特開平7-147147)。

ブラウン管開発の技術的成果は、1991年5月、米国アナハイムで開催されたThe Society for Information Displayの国際シンポジウムで発表。桜谷が携わったブラウン管を搭載した「KW-3600HD」は、1991年度グッドデザイン賞の受賞や、「最初期の家庭用高輝度ハイビジョン受像機」として2017年に国立科学博物館が認定する「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」の第00226号として登録されました。

このエンジニア経験は、現在の組織への向き合い方を理解するうえでも重要な背景です。構想や理念だけでなく、仕組みとしてどうすれば現実化できるか。そして、要素の性能と、全体として実現される成果を分離して考える。その視点は、対象を変えながら後の活動にも現れています。

情報が飛び交うだけでなく、人が訪れる空間をつくる

SonyDrive、Virtual Society、Cyber Passage

1990年代、インターネットは新しい通信手段であると同時に、人と人、人と情報の関係を組み替える場として姿を現し始めました。

桜谷の記録によれば、ソニー社内でそれにいち早く気づいた有志11人が、業務外でウェブサイト「SonyDrive」のプロトタイプを制作したのは、1994年。一般向けのWindows 95が発売される前年であり、Webブラウザ「Netscape Navigator」が登場したばかりの時代です。当時、テレビ事業本部 商品企画部で事業戦略に従事していた桜谷も、有志の1人としてプロトタイプ制作に参画。テレビ事業本部の管掌役員だった中村末広氏に、定例会議の場でインターネットの可能性について説明したところ、役員会でも大賀典雄社長が話題にしていたとのこと。そして、後日、直接大賀社長にインターネットがもたらすインパクトとSonyDriveのプレゼンをすることになりました。大賀社長の一声で、当時クリエイティブ・コミュニケーション部門の管掌役員だった出井伸之氏が後見人となって「SonyDrive」は正式な活動へと昇格し、毎年秋に開催される社内の技術交換会でお披露目されることになりました。

翌年の1995年5月7日(創立記念日)には、有志が始めた「SonyDrive」がソニー公式ウェブサイトとしてほぼプロトタイプ時のデザインや構成のまま一般公開されました。後見人だった出井氏は、その1カ月前の1995年4月に社長に就任していました。

「SonyDrive」は、技術開発とは異なる形で、企業の価値を人々へ届ける取り組みでした。製品や企業の情報を公開するだけでなく、ネットワーク上に、訪れる人との接点をつくる。装置の内部を設計する仕事から、企業と社会の間にある情報環境へと、活動の対象が広がります。

その展開を空間に拡張したのが、「Virtual Society」や「Cyber Passage / 3D World」などの仮想空間プロジェクトです。

ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の北野宏明氏が1984年頃から構想を温めていた「Virtual Society」は、中央研究所情報通信部門に異動した桜谷を含む研究チームで技術開発と実装を行い、1996年に開催された世界初の本格的なバーチャル博覧会「インターネット1996ワールドエキスポジション(Internet 1996 World Exposition)」で一般公開されました。

それは、仮想空間内に作られた3Dの街やショップをぶらついたり、ソニーの最新商品をバーチャル体験したりできる、現在の「メタバース」の先駆けとなる先進的な取り組みでした。

VRML(Virtual Reality Modeling Language)による三次元表現では、情報はページ上の文章や画像だけではなく、位置、距離、視点、移動を持つものになります。人は情報を読むだけでなく、空間の中を進み、対象に近づき、別の視点から見直すことができます。

そこでは、何を提示するかに加えて、どのような経路で出会い、どう理解し、どのように関われるかといったコミュニケーションが設計の対象になります。その内容は、三次元映像のフォーラムで『CyberPassageが創るVRMLの世界』、人工知能学会で『ネットワーク時代のコンテンツ作成技術』という形で発表しました。

ロサンゼルス在住の建築家ニール・ディナーリ氏が、現代社会をコントロールしている情報の象徴としての「サイン」と建築との融合をテーマにした展覧会「INTERRUPTED PROJECTIONS」を乃木坂の「ギャラリー・間」で開催しました。この世界初の AR を活用したリアルな展覧会をプロデュースするのと並行して、VRMLテクノロジーを用いたネットワーク上のバーチャルな展覧会「INTERRUPTED PROJECTIONS on the Cyberspace」も制作。

「ギャラリー・間」では、ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の暦本純一氏の研究成果のひとつである「NaviCam」を導入し、リアルな”建築空間”とバーチャルな”情報空間”をオーバーラップさせるという、世界に類を見ない実験的インスタレーションを実現しました。リアルな世界、バーチャルな世界、リアルとバーチャルが融合した世界の3つがパラレルに存在する取組は、アートと建築とテクノロジーの融合する新たな形を提示しました。

SonyDriveが企業と人々の接点をつくる仕事だったとすれば、Virtual SocietyとINTERRUPTED PROJECTIONSは、その接点を、仮想空間、現実の展示空間、そして両者が重なる体験へと広げる仕事でした。同じ構想を異なる空間でどう経験できるか。ここでも、個々の技術より、その結び方が新しい体験を生んでいます。

電子を制御して像を描き出すところから、情報を構成して体験を生み出すところへ。桜谷の活動は、テクノロジーが人と世界の間にどのような関係をつくるかへと展開していきます。

Webを、現実の場所へ接続する

アルシードとReal World Web

1996年、桜谷はアルシードを創業。インターネット、アート、建築、デザインを結ぶ制作・実装へと活動を広げました。

「Real World Web」は、アルシードを立ち上げた桜谷とSony CSLの北野宏明氏が再び組んだ1997年のプロジェクト。『全てがデジタル化しつつある今、サイバースペースを現実世界に引き戻して、いったいどうなっているのかを、われわれの体と生の感覚で体験・知覚してみることも無意味ではないでしょう』というメッセージの通り、SonyDriveの主要なページをアクリル板に転写し、展示室一杯にそのリンク構造をテグスで張り巡らせるものでした。

六本木のAXIS Galleryで行われたこのインスタレーションは、ディレクトリ構成、ヒット数、データサイズなどウェブ固有のデータを空間座標に変換してアクリル板を配置。蜘蛛の巣のようにテグスが浮かぶ空間を歩き回ってページを辿る体験は、マウスクリックのブラウジングとは異質なものでした。オープニングイベントでは、当時日本で教鞭を執っていた「ハイパーテキストの父」と呼ばれるテッド・ネルソンも駆けつけ、大いに盛り上がりました。

Webのリンク構造を空間に置くことで、ふだんは画面の背後に隠れている「関係の構造」が、歩いて体験できる形で現れました。構造を変える前に、まず構造を見えるようにする。その試みでもありました。

仮想と現実を対立させるのではなく、両者を結ぶことで、場所へのアクセスや体験の可能性を広げる。「Real World Web」は、仮想空間を現実空間に再構成することが何を引き起こすかを探る取り組みでした。

原美術館――作品だけでなく、美術館という場所へ

ソニー在籍中に着手し、独立後も継続して制作した原美術館の3D walkthroughでは、美術館をネットワーク上で探索できる空間として構成しました。

作品の写真を並べたページと、展示空間を移動しながら見る体験は、同じではありません。展示室の配置、作品同士の距離、見る方向によって、出会う順序や印象は変わります。原俊夫氏が館長を務める現代美術専門の原美術館は、立体作品やインスタレーション作品、映像作品も所蔵していましたが、それらを含む全所蔵作品をモデリング。原美術館(東京都品川区)と原美術館 ARC(群馬県渋川市)の展示室含む建物全体も3D化し、実際の展覧会と同じ作品構成のバーチャル展覧会「Hara Museum Web」を世界で初めて実現しました。もちろん、展示替えができる仕様となっていたので、後にユーザの誰もがバーチャルキュレーターとなってバーチャル展覧会を企画できる新たな体験を実装しました。

美術館をVRMLで表現することは、作品へのアクセスと、その作品が置かれる空間へのアクセスを結びつける試みでした。膨大な数の現代美術作品に接しただけでなく、エットレ・ソットサス、荒川修作、杉本博司、三宅一生、佐藤時啓、奈良美智、荒木経惟、宮島達男、草間弥生らと出会う貴重な機会でした。作品を情報として再現する過程は、オリジナルとコピー、空間と画像、美的価値と商業的価値を問い直す経験にもなりました。様々な概念を見直すことができた希有な仕事は、『VRML化された美術館』などの執筆にもつながっています。

ゆめおおおかアートプロジェクト――都市の中の関係を編む

ゆめおおおかアートプロジェクトのバーチャルツアーでは、美術館の内部から、都市に展開するパブリックアートへと対象が広がりました。

キュレーター/美術評論家の南條史生氏から依頼を受け、南條氏がディレクションした「ゆめおおおかアートプロジェクト」のバーチャルツアーを手掛けることになります。複合施設「ゆめおおおか」ビルの内外19ヵ所に18人のアーティストが作ったアート作品が設置されています。

都市の作品は、展示室の中で完結しているわけではありません。通り道、建築、交通、人々の日常と隣り合っています。作品を見ることと、その場所を経験することが重なります。

バーチャルツアーは、点在する作品を個別の画像に分解するのではなく、場所と移動の関係の中で捉えるための取り組みでした。ネットワークは、作品を紹介する媒体であるだけでなく、都市の中にあるつながりを読み直す手段にもなります。

宮島達男――時間を表現する作品と、デジタル技術

原美術館に常設展示されていた『時の連鎖』を制作した現代美術家の宮島達男氏からの依頼で、「Fortress of Human Rights」のインタラクティブな3Dモデルの制作を手掛けました。抽選で選ばれたジュネーブ市民と大学関係者222名がカウンターのスピードを決め、222個のLEDのデジタルカウンターがジュネーブ大学の建物の壁で無限にカウントを続ける作品です。222個のデジタルカウンターは、それぞれが「人間の生」を永遠に刻みます。

また、コンピューターとプロジェクターで作られた床面スクリーン上を、デジタルカウンターがあたかも床下に空間があるかのようにランダムに浮遊し動き回る作品「Floating Time」を制作。現在の「プロジェクション・マッピング」の先駆けとなる先進的な取り組みでした。さらに、鑑賞者が作品の中を歩き回ると、自分の手や服の上にも数字が投影され、他者や世界と時間が交錯するような感覚を生み出します。

倉俣史朗の世界ーー作品、言葉、ドローイングが織りなす意味空間

原美術館で開催された回顧展「倉俣史朗の世界」に併せ、桜谷は、約200点の素材を再構成し、クリックによって作品、言葉、ドローイングの関係をたどるウェブサイトを設計、制作しました。

展覧会カタログを中心に用意された約200点の素材を再構成し、表示された個々のコンテンツをクリックするだけというシンプルなインターフェースとチャンスオペレーションの手法を取り入れることで同じ画面構成のページにはほとんど巡り会わずに見続けることができるウェブサイト。倉俣史朗が生涯のテーマとした、光と陰、重力からの解放、概念の抽出と再構成、はかなさと官能性、これらを緩やかな軸として交錯させました。

従来のカタログでは成し得なかった構成は、年代などといった特定の切り口を持ったキュレーションではなく、作品、言葉、ドローイングが織りなす「倉俣史朗の宇宙」を作り上げています。

構成自体が浮遊感やはかなさという倉俣のテーマを取り込んだインタラクティブ性をもつ表現であり、Web ページの概念をも覆すアプローチと言えるでしょう。公開から3年近く経った1999年、ウェブデザインアワード銀賞を受賞しました。

素材同士の関係性をマトリクスとして扱い、関連する内容へ移動できるようにしたこの設計は、現在の埋め込み表現や意味空間による探索と、発想上の共通点があります。

こうした実践と思索は、『ネットワークというエクリチュール』などの執筆にも展開しました。

構想を、継続して価値を届ける事業へ

ミスミでの事業運営と構造改革

その後、活動の対象は、情報空間から事業と組織へと広がります。

『V字回復の経営』『戦略プロフェッショナル』などの著者でもあるミスミグループ本社CEOの三枝匡氏から経営戦略論を直接学びつつ、事業運営・構造改革の現場では、価値を創造し、作ることに加えて、顧客へ届け続けるための仕組みに向き合いました。

ある部門では合理的な判断が、別の部門に待機や手戻りを生むことがあります。個々の業務が速くなっても、顧客に届くまでの時間が短くなるとは限りません。情報システムを更新しても、権限や運用が変わらなければ、仕事の流れが変わらないこともあります。

株式会社ミスミの副社長付副事業部長と、医療系卸売子会社プロミクロスの事業部長を兼務。子会社では、複数のベンダーをマネジメントし、ECサイトとコンタクトセンター、倉庫管理システムを含む基幹システム刷新を18カ月で完遂しました。部門ごとの効率と、顧客に届くまでの全体の流れ。そのずれを、業務とシステムを一体で再設計して捉え直しました。

ビッグバン型のシステム刷新をトラブルなくスケジュール通りにローンチ。業務処理能力が大幅に引き上げられたことにより、事業成長の足枷がなくなりました。

技術、業務、意思決定を切り離さず、価値提供の流れとして捉える。ミスミでの経験は、事業活動の連関と相互作用を全体最適の視点で捉える能力を養いました。

企業の成長を支配しているものは何か

Goldratt Consultingと制約理論

イスラエル本社でCEOのラミ・ゴールドラットが主催する研修を経て、Goldratt Consultingに参画。エリヤフ・ゴールドラット博士が体系化した制約理論(Theory of Constraints: TOC)を用いて、プリンシパルとして、成果報酬型を含む契約のもと企業変革に取り組みました。

TOCは、組織のすべての部分を一律に改善するのではなく、組織のパフォーマンスを支配している「制約」に着目します。

この視点は、桜谷がそれまで扱ってきた、要素と全体の関係に重なります。

現場の能力不足に見える問題が、資源配分の仕組みから生まれているかもしれない。情報の遅れに見える問題が、承認や責任の分担に関係しているかもしれない。部門ごとの目標達成が、企業全体では流れを滞らせているかもしれない。

どこで滞っているかと、なぜ滞るのかは、同じ問いではありません。

TOCを用いた企業変革の実践を通じて、目に見える制約を捉えることと、その背後にある構造を読み解くことが、桜谷の探究の中で結びついていきます。

初めて手掛けた千寿製薬の経営改革プロジェクトでは、新薬開発から生産・SCMまでを対象とし、研究開発、製造、販売を個別に改善するのではなく、事業全体の成果へつなげる改革を推進。Goldratt Consulting日本エリアのプロジェクトの中で初めて成果報酬を獲得する成果を生み出しました。その成果は、2013年のTOCICO国際シンポジウムで「Holistic management in pharmaceutical company」としてクライアントと一緒に発表しました。

企業システムから、地域エコシステムへ

その後、コンサルティングの現場で、新規事業の創出やスタートアップの事業基盤づくりに携わりました。GROOVE Xでは、家庭用ロボットの販売開始に向けて、在庫管理、メンテナンス、顧客サービスの視点からオペレーションを設計し、販売システムの構築を支援しました。製品をつくるだけでなく、顧客に届け続ける仕組みを整える仕事です。

福知山スタートアップスクール

Goldratt Consultingで企業の制約と向き合った桜谷は、その後、探究の対象を会社の外へ広げます。2020年、京都府福知山市で青年会議所が主催した市民講座「福知山スタートアップスクール」で、カリキュラム設計とメインファシリテーターを務めました。地域の社会課題を、ビジネスとして解決するソーシャル・イノベーションの実践です。

集まったのは、行政、学生、金融、製造業、飲食、士業など、異なる背景を持つ22名。「福知山を良くしたい」という目標は共通でも、同じ問題を同じ姿で見ているとは限りません。

共通の目標を持つことと、共通の認識を持つことは、別のことです。

企業には、組織文化と指揮命令系統があり、部署が違っても一定の前提を共有できます。地域では、独立した主体がそれぞれの立場で関わり、課題を生む構造も、解決に必要な資源も分散しています。一つの組織の内部で仕事の流れを整えることから、複数の主体が関わる地域のエコシステムで、協働の流れを生み出すことへ。 分析と設計の対象は、組織の境界を越えて広がりました。桜谷は参加者の多様性を均さず、新しい視点を生む資源として活かす道を選びます。

アイデアを出す前に、高齢者、学生、外国人居住者へのヒアリングをもとに、課題が生まれる仕組みを因果関係ループ図として全員で描きました。全14回のうち7回を、この問題構造の共有に充てています。個別の困りごとを並べるのではなく、相互のつながりを捉え、どこに働きかければ変化が起こるのかを共に考えるためです。企業向けに独自開発した新規事業創出手法「イノベーション・エンジニアリング」を市民向けに組み替え、異なるセクターが共通のアジェンダに向き合うコレクティブ・インパクトの視点が、協働を支えました。

完全オンラインで進めた2020年6月から12月の講座は、4つのビジネスプランに結実します。12月12日のPitch Dayでは、金融機関と行政関係者に構想を届け、多くの賛同者を得ました。

また、2020年の「TOCシンポジウム&TOCインダストリーフォーラム」において、福知山青年会議所 理事長 宇田川鎮生氏が登壇し、地方都市の福知山市のもつ社会課題をビジネスで解決する実践型のチャレンジとしてこの取組を発表しました。

福知山で実践したのは、違いを取り除くことではなく、異なる認識を持ち寄り、新しい構想を生むための協働を設計することでした。企業の部門間から、地域の独立した主体間へ。関係の構造に働きかけて可能性を開く経験は、制度や経済圏という、より広い範囲への関心へとつながっていきます。

地域から、制度と経済圏へ

三井業際研――繁栄を支える接続と流動性

福知山で向き合ったのは、異なる立場の人々が共通の課題を捉え、協働できる条件でした。この問いを、制度、公共財、国際的な経済圏という、より広い範囲で考えたのが、三井業際研の研究委員会での活動です。

桜谷は2017年4月から2020年3月まで、三井グループ30社から選ばれた委員とともに参加しました。2017年度の「三井グループが考える超スマート社会」ではSociety 5.0を取り上げ、エストニアを視察しました。報告書では新たなビジネスモデルを提言しています。2018年度の「SDGsを見据えた企業行動」では、自治体やNPOへのヒアリングをもとに、SDGsとイノベーションの関係を論ずる章を執筆しました。

2019年度の「環インド洋経済圏ビジネス」では、インド、ドバイ、モーリシャスを視察し、IORA(環インド洋連合)を中心とする地域の発展可能性を検討。歴史的な観点から国家の盛衰を論ずるパートを執筆しました。GDPや人口の推移に加えて、ジャレド・ダイヤモンドとジェイムズ・A・ロビンソンが編著した『歴史は実験できるのか』を参照し、同じ島で明暗が分かれたハイチとドミニカ共和国、植民地期の地税制度と今日の公共財の普及、フロンティアが都市へ育つ過程などを比較しました。問いの中心は、人・モノ・カネ・情報の流れを、どのような制度やインフラ、合意の仕組みが支え、あるいは阻むのかでした。

福知山では、多様な人々が共通認識をつくることで、違いが新しい構想の源泉になりました。国や地域では、異なる立場の人々が合意し、資源が必要な場所へ届く仕組みがなければ、道路や学校、電力といった公共財も機能しません。多様性を活かせるかどうかは、接続と合意の構造にかかっている。この見方は、二つの活動に共通していました。

企業では部門の接続を、地域では主体間の協働を、経済圏では制度とインフラを考える。対象は変わっても、個々の能力や資源だけでなく、全体の働きを制約する構造と、その先にある可能性を探るという、現在の問題意識につながっています。

経験を、次の現場で使える知へ

繁栄の物理学とメタ・キーストーン理論

企業の内部、地域の協働、制度と経済圏。異なる範囲で向き合ってきた問いを、桜谷は現在、GrabFutureにおいて、組織とビジネスエコシステムを理解するための枠組みへと展開しています。

「繁栄の物理学」は、組織やビジネスエコシステムを、資源、情報、価値、人々の時間が交換される動的なシステムとして捉える経営パラダイムです。その理論的な定式化と検証を進めています。

企業は、内部だけでは成立しません。顧客、供給者、協働相手、社会との関係の中で資源を受け取り、変換し、価値を届けています。組織の可能性を考えるには、内部の能力だけでなく、外部との接続と、その間を流れるものを見る必要があります。

その視座のもとで構築しているのが、「メタ・キーストーン理論(Theory of Meta Keystone)」です。

価値提供の起点と終点、分析する範囲を定め、全体の流れを制約する箇所を探索する。さらに、構造、ガバナンス、コミュニケーション、カルチャー、オペレーションの観点から、制約を生み出す原因候補を整理する。変化を加えた後には、全体の流れと制約がどう変わったかを、再び確かめます。

「メタ」は、業務、組織、エコシステムと分析する境界を変えても、適用条件を満たすネットワークに対して、同じ最小カット探索の形式を使うことを意味します。

この枠組みを、論文『繁栄の物理学:非平衡開放系としての企業におけるメタ・キーストーン理論』としてまとめています。

これは、過去の仕事すべてを一つの物理法則で説明するという主張ではありません。異なる現場で得た着想を、分析と検証に接続し、別の現場でも使える知へ育てる取り組みです。

繁栄の物理学とメタ・キーストーン理論は、これまでの歩みを閉じる結論ではなく、その先を探るための現在地です。

人々の時間を、可能性へつなぐ

この探究の中心には、組織で使われる人々の時間があります。

待つ時間。重複する仕事。やり直し。目的のわからない調整。こうしたものは、事業の成果を減衰させるだけでなく、人々が自分の能力を使って新しいことに向き合う余地を奪います。

桜谷は、企業を、人々から預かった有限な時間を価値へ変換する場として考えています。「時間の投資信託(The Time Fiduciary)」という表現は、その責任を問う企業観です。

目指すのは、時間を余すことなく仕事で埋めることではありません。価値につながらない負担を減らし、人々が考え、つくり、学び、挑戦できる余地を広げることです。

電子から情報へ。情報から空間へ。空間から事業と組織へ。事業と組織から地域へ。そして、制度と経済圏へ。

対象のスケールが変わっても、問いは続いています。何が全体の働きを制約しているのか。異なる要素や主体をどう結び直せば、個別の力が全体の価値になるのか。

構造に内在する潜在力を見出し、対立をブレイクスルーに変える。 桜谷慎一は、その探究を「繁栄の物理学」と「メタ・キーストーン理論」へと展開しています。

参考情報

研究・著作・発表

現在の研究

  • 『繁栄の物理学:非平衡開放系としての企業におけるメタ・キーストーン理論』
    The Physics of Prosperity: Theory of Meta Keystone of the Firm as a Non-Equilibrium Open System
    • 著者:桜谷慎一(単著)
    • 所属:合同会社GrabFuture
    • 種別:Working Paper(ワーキングペーパー、2026年10月草稿)
    • 主題:非平衡開放系、制約理論(TOC)、最大フロー最小カット定理、時間変換比率(TCR)、スケーリング、ビジネスエコシステム
    • 公開情報:SSRN投稿準備中(公開後にURL・DOIを掲載)

技術・研究発表

著作・寄稿

  • 「VRML化された美術館」(1997年4月)
    『SD』第391号 特集「拡張するデジタル・デザイン」、鹿島出版会。[note(アーカイブ・解説)]
  • 「机上に拡がるミュージアム」(1998年)
    『AXIS』vol.75、アクシスパブリッシング。
  • 「ネットワークというエクリチュール」(1999年3月)
    『アート=ポート=デザイン』、ぎょうせい。[note(アーカイブ・解説)]
  • 読者ブログ「インターネットの理解」(2006〜2008年)
    CNET Japan。

研究委員会・社会実践

三井業際研 研究委員会

三井グループ30社から選ばれた委員とともに参加した共同研究プロジェクト(2017年4月〜2020年3月)。[三井業際研 公式サイト]

  • 2017年度 「三井グループが考える超スマート社会」:Society 5.0共同研究に参加。エストニア視察を踏まえ、最終報告書で新たなビジネスモデルを提言。
  • 2018年度 「SDGsを見据えた企業行動」:自治体・NPOヒアリングをもとに、SDGsとイノベーションの関係を論ずる章を執筆。
  • 2019年度 「環インド洋経済圏ビジネス」:インド、ドバイ、モーリシャスを視察し、歴史的観点から国家の盛衰を論ずるパートを執筆。

ソーシャルイノベーション・地域実践

  • 福知山スタートアップスクール(2020年6月〜12月)
    福知山青年会議所主催の市民講座。カリキュラム設計およびメインファシリテーターとして実施。行政、学生、金融、製造、飲食、士業など22名が参加し、因果関係ループ図による課題構造の共有から4つのビジネスプランを創出。12月12日に金融機関・行政関係者を招いたPitch Dayを開催。
  • TOCシンポジウム&TOCインダストリーフォーラムでの発表(2020年)
    福知山青年会議所理事長 宇田川鎮生氏により、地方都市の社会課題をビジネスで解決する実践例として発表。

特許出願公開

ブラウン管・電子ビーム制御技術(ソニー株式会社)

情報提供・デジタルコンテンツ流通技術

識別情報・公式リンク